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perfume

perfumeが面白い。

perfume は存在自体に矛盾をたくさん抱えていて、テクノポップという演奏する人間の実在性、肉体性の希薄な音楽と、アイドルというその人間の存在に対する興味をエネルギーとするもののハイブリッド。実際の歌声を使っていながら、ボコーダーやピッチシフトなどのエフェクトで徹底的に肉声のもつ生々しさを減少させるテクニック。ダンスという肉体性を必要とするフォーマットを使用しながら、その振り付けや踊り方はアンドロイド的で、まるでモーションキャプチャしたCGキャラクタのような雰囲気。そして、テレビ・ラジオ番組やライブMCでみせる、アイドルにはあるまじき毒舌は、彼女らの実在としての受け答えに現れるエラー事象のようなもの。握手会など、肉体性の実在を確認させるようなイベントでの販促活動は、プロモーションレベルでのこのユニットの扱い方が古風なアイドルのものであることを実感させる。

このユニットの人気のきっかけとなったのが、アイドルマスターという「アイドル育成シミュレーションゲーム」の画像と、perfumeの曲を組み合わせた映像作品がニコニコ動画などで人気を博したことにあると言われている。もちろん公式なものではなくて、ユーザー主導で面白がりながらすすめられている。ゲームの中の完全にバーチャルな存在としてのアイドルと、実在するはずのperfumeの曲が見事に親和性をもって融合しているのは、それぞれが「バーチャルでありながらリアリティーを志向」「リアリティーでありながらバーチャルを志向」という逆の方向性を持っており、その立ち位置が「べつの登山口から登ったが頂上は一緒」みたいな結果で非常に近いものになっているためであると考えられる。
 これらと、ヤマハが開発した「初音ミク」という歌声合成ソフトのヒットと合わせて、これまでその存在が予言されつつも技術的にハードルの高かったバーチャルアイドルという存在が、ちょっと搦め手のような形で、しかもユーザー主導でいま一つの形をとりつつある、その現場に立ち会っている雰囲気に、いまドキドキしている。

この三つをすでに並行して論じている先達。
なつみかん。 | Perfumeとアイドルマスターと、初音ミク
テクノの機械化について論じている結論が、なんとperfume.
想像力はベッドルームと路上から - 「機械化の夢」の極北。BjorkとPerfume。(妄言注意)
サンプリングレートを落とした、とはマニアックな視点。この観点から語る人は意外と少ない。
他人の不幸は蜜の味: Perfume「Complete Best」と「ファンサーヴィス(sweet)」レビュー
Hang Reviewers High / Perfume「ポリリズム」
これはアイドル!? アート!?/perfume (美術・芸術・ファッション[アートスライダーズ])
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TAG : perfume

D-DAY New album HEAVENLY BLUE release party

D-DAY(川喜多美子) "New album 'HEAVENLY BLUE' release party"
2007年9月22日 青山「月観ル君想フ」

心のどこかにもろい部分があって、それは青春時代に何度か傷ついた場所。みんな大人になって、そこはかさぶたのようになっているのだけれど、D-DAYの音楽はそれを表現するので、またかさぶたがとれて痛む。でもそれは、もしかさぶたのまま放置すると硬化して、つまらない大人になってしまうところだった。このライブで感じた切なさは、こころの柔軟性を維持するために必要なものだったのかもしれない。

20年たって、当時の観客はひとしく年を取っているわけだが、みんなどこかとんがったというか、ただのおじさんではない雰囲気があって、それは分かりやすく言えば帽子をかぶるファッションの人が多かったというようなことだが、どこかの雑誌で「チョイ悪」とか表現されるものとはまたちがう、先鋭的なセンスを持っているおやじ達。そんな観客も含めて、D-DAYが大好きだと思った。

「どうして、楽しい時間はすぐすぎてしまうんだろう」という美子さんのMCに「またやって!」と間髪入れず応えた女性ファン。そうだよ、またやればいいじゃない。
☆クレーター通信☆:D-DAY ワンマン!!!@月見ル君想フ - livedoor Blog(ブログ)
ゼンマイアタマ: Heavenly Blue 2
日常コンプレッサー: 立ち止まってなかった

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TAG : 川喜多美子 D-DAY

ZELDA(1980年代~1990年代の日本のロックバンド)

1980年代後半から1990年代初め、東京都江東区の埋め立て地、いまの青海、有明のあたりは、埋め立てが終わり道路と電柱、なぜか公衆電話だけはあるが、他に何もない原野であった。当時は13号地という、無機質な地名の方が通りが良かったと思う。車の免許取り立てであった私はよくその荒涼としつつも艶かしいふしぎな場所によく行ったものである。しかし何もしていなくても江東警察署のパトカーに止められる。なぜなら一般の人には何の用事もあるはずのない場所だからである。そんなところに行くのは船の科学館前で路上サーキットを駆け抜けるバイクのあんちゃん、勝手にゼロヨンレースを競う車好き、といった面々であったから、おまわりさんはまず疑った目で見るのである。私がサラリーマンだと知って少し態度が和らいだことがあったな。でもサラリーマンだからといってやはりあの場所に何しにいくのかという疑問は晴れない。
2ndアルバムから3rdアルバムにかけて、ZELDAの音楽、歌詞には埋め立て地の情景が何度か登場している。「きりんの群れ」という言葉は、13号地から大井埠頭コンテナヤードのクレーンを見た時の絵。「無人号地357」のイメージはその地名の付け方、高速道路の情景などが、埋め立て地を想起させる。そして私が埋め立て地に興味を持ったのも、ZELDAの影響であった。
私がZELDAと出会うのが1986年、そこから女性ボーカル遍歴が始まったと言う点で、やはりかけがえのないバンド。しかし、「ファーストアルバムが出る前までがZELDAの黄金期」などと聞いてしまうと、その当時は子供だった私にはなんともいたしかたない部分がある。

ZELDA DANCING DAYSというファンサイトを参考に、私が行ったライブを拾ってみた。

1986年07月28日 後楽園ホール
 プロレスの聖地、とかさちほさんが言っていたな。
1987年06月26日 明治大学和泉祭
 翌日6月27日はD-DAYが出演。大学の大教室で行われ、いすの前には机があった。

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ALI PROJECT

20年近いキャリアを持ち、つねに前進しつづけるALI PROJECT
インディーズ時代の最初のアルバム「幻想庭園」(1988年製作)において、歌詞ではなく詩のレベルで歌う歌詞、ハイテンションかつ現代音楽のように崩壊寸前のトラック、少しウィスパー気味のヴォーカル、今見ればゴシックな衣装、それらの融合をすでに実現していた。
そしてこんなにオリジナリティとマニアックさを高いレベルでバランスしつつ、なおかつ「職業としての音楽製作」として成立させているところは、希有な存在と言えるのではないか。メジャーの契約がある、それすなわち、何年に何枚のアルバム製作というノルマを達成し、それらがそれなりの売り上げを維持しているということを意味する。
 このユニットが結成間もない頃、私はかなり入れ込み、人に紹介するなどして伝道師の役割をしていたとの認識がある。ますますご活躍のご様子、喜ばしい限りである。

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"Seed Cakes with icing" yoshiko kawakita

HILL'S DREAM
CD Extraという仕様で、HILL'S DREAMのライブ映像が収録されている。
セピア色のエフェクトだが、2007年5月の映像。現在の美子さんは、美しく年をとっているので、往年のファンもご安心下さい。昔からそうだったけど、これでxx才って反則だよなあ。

SWEET SULTAN
オリジナルではモノローグ調の言葉だったのが、メロディー付きに変更。リフは変わってません。バックトラックはベードラ四つ打ち。で、出来上がりはハウスっぽい?詳しくないんでまちがってたらごめん。この曲想で女性ボーカルがメロディーとるのはまだあり得るが、この声質はあり得ない。というわけで異色の作品。

"Heavenly Blue" D-Day

"Heavenly Blue" D-Day
MICO S KITCHEN
D-Dayが活動を停止したのは90年頃で、それから10数年の歳月が流れた。今思うと、作詞作曲をほぼ一人で行っていたヴォーカル川喜多美子の結婚、子育てという一大イベントが進行していたわけで、彼女には音楽人である前にまず人としてやるべきことがあったということ。人生ひとそれぞれですよね。昨年当時の録音をCD化した"Crossed Fingers" というCDが発売となり、その発売記念ライブに出演した彼女は観客の熱意にうたれて新作アルバムの製作を決意、約1年の期間をへて完成したのが本作である。

当時のバンド形態ではなく、川喜多美子のソロプロジェクトとなった新生D-Dayは編曲、一部作曲に成田忍を迎えた(レコード店でこういう紹介文見かけたけど、ていうか旦那じゃん!)。当時存在はしたが未録音だった楽曲と今回の新曲がほぼ半分の構成になっている。

こういう「何年ぶりの新作」みたいなCDをいくつか聞いたことがあるが、なぜかインパクトに欠けるというか、なにか違う(悪い意味で)ことが多い。しかしこのアルバムは、たとえば1stアルバム"Grape Iris" の2年後とか、そんなタイミングで作成されたアルバムが倉庫から発見されたとか、そんな説明をされても信じてしまうぐらい、あの時とあまり変わっていないのである。彼女の声質は当時のままだし、子音の発音の変わっているところ、楽曲のポップなようですこしひねくれたところ、ちょっとひりひりするような痛みのある詩の世界、そういったものが冷凍保存されていたかのように、ふたたび展開されている。詩の世界に、「もう長くは生きられない自分」が登場しているのは、さすがに母親である彼女の現在の境遇、心情なのかもしれないし、それだけが当時との相違点かと思う。

彼女の声が再び聞けるとは、長生きはしてみるもんじゃ、とかおどけてみたくなる。

ゼンマイアタマ: Heavenly Blue
OBERIU: D-Day / HEAVENLY BLUE
☆クレーター通信☆:復活のD-DAY──『Heavenly Blue』 - livedoor Blog(ブログ)

音楽と恋愛感情の関係

生物の行動には、いかに自らの生存確率を高めるか、そしていかにたくさんの子孫を残すか、という理由付けがされる。そして後者の例は枚挙にいとまない。植物が花を咲かせ、クジャクの雄は美しい。人間も生物のひとつであれば、その行動はどちらかの理由によるものではないのか。
音楽と恋愛感情の関係が、このブログのテーマ。だと思う。
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